豆腐

まだ夏じゃない

デリバリー・オン・ザ・イヴ

※旧ブログ記事のリサイクル

 

ザ・インタビューズ、やってますか、みなさん。そのひとにインタビューをするというそのままのサイトです。瞬間風速的に流行っていまはどうなのかよくわかりませんが、まあけっこう楽しいものです。で、ぼくもチョロチョロと答えておったのですが、特定の、というかTKGクラスタがここぞとばかりにTKG関連のインタビューを振ってきて、こいつらいつかしばこうとこころを新たに、今こころの変換候補に「心無いホモ」って出たけどなんだ。それはともかくTKGクラスタしばくと誓った今日この頃、ふたたびTKGクラスタ、というかムニメグさんからまた無茶振りが届いたわけです。

tieseptのインタビュー(64件) - 「心葉くん、今日の三題噺のお題は「宅配」「コンバット」「学園」よ! どんなすて ...」 - ザ・インタビューズ



もうインタビューでもなんでもねえだろ。これが届く前にTL上で不穏な動きを観測したので、ムニメグさんには先回りして同様のインタビューを投げておいたわけですが、ヤツはくじけませんでしたね。こうなりゃ狙撃合戦だ! とばかりにカウンターしてきやがった。よかろう、いついかなる時、誰の挑戦でも受ける、という猪木イズムを全開にして立ち向かい生まれたのが、今回のSSです。
設定自体は昔考えていたもので、とある事件によって札幌が日本から分離され、各国からの流民がなだれ込んでカオスってるというような状況です。また温暖化の影響で、このさっぽろは雪が降らない。状況としてはそういう感じです。
深夜テンションかつ説明しないかつ後半めんどくさくなったという、読み返すとあちこち手直ししたくなってたまらんのですが、なんだかやけに評判がよかったので、そのままここに転載します。




ただ働き。通常おれのようなエージェントが(割に合う、合わないの差はあっても)報酬もなしに動くことはない。そういう意味では、それは仕事とは呼べない依頼だった。何しろただ荷物を運ぶだけだったから。もちろん時と場合によっては詳細なスケジュールを書き出し、あらゆる突発的なトラブルを想定し、ほかのエージェントと組むこともある。運ぶ荷物の中身について聞かされない依頼の場合はとくにそうだ。そういう場合は往々にしてチンピラややくざども、あるいは道警の連中が絡んできてうっとうしいことになる。でも今回は違う。依頼人はおれを学園から引き取り、成人(かつては20歳をもって成人としたらしいが)である15歳まで育ててくれた物好きとしかいいようのない老婆で、荷物の正体だってわかっていた。だから、おれはそのババアの依頼を引き受けた。いや、おれ自らがその依頼を提案し、引き受けた。もちろん金は発生しない。この歳になるまでにどこかに捨てたボランティア精神を発揮した、というよりは、単に興味があったのだ。かつておれが過ごしていた学園の今がどうなっているのか。かつてのおれのようなクソガキどもがどんなふうに過ごしているのか。

この時期のサッポロらしく、雨が街を濡らしていた。温暖化がこの土地の冬を殺して久しいが、やはり雨というのは気持ちのいいものではない。たぶん学園に入園するまでにたっぷり雨に打たれたからだろう。なにしろ発見されたときのおれは、体温が32度まで低下していたらしい。殺されかけた相手を好きになる道理などない。おれは協会から支給されたアクティブウェアの上にレインコートを羽織り、それからババアから受け取った荷物をビニルシートで二重に巻いた。迷ったが銃は置いていくことにした。なにしろ協会の純正品だ。この街でちょっかいを出してくるようなやつらがゴム弾程度で引き下がるとは思えない。中途半端な武器に期待するよりは、学園で血反吐と引き換えに身に着けたタクティカルコンバットのほうがまだましだ。あの教官はまだ学園にいるのだろうか? 今なら骨の一本くらいは奪えるだろうか? 想像して、それがあまりに意味のない夢想であることに気づいて、おれはひとり失笑する。まあいいさ。とにかく依頼を果たしにいこう。

できるだけ荷物を揺らさないよう、注意深く階段を降りると通りの喧騒が近づいてくる。露天商はつかれきったサルのようにうつむいて、来るあてのない客を待っている。ススキノは今も昔も人であふれている。あの大分割のあとでもそれは変わらない。しかし景色はかなり変わったようだ。かつて中国に存在したというクーロン城のように、ビルは不法増築を繰り返し、まるで絡み合った蛇のようだ。盗電のためのケーブルが空を駆け巡り、見ようによっては新鋭作家の抽象画のようだと喜ぶ観光客もいるという。まあ好きに楽しめばいい。おれにとってはただの電線だ。そのどれかはきっと、おれの住む廃ビルの一室にも届いているだろう。
「よう、また仕事かい?」
そう声をかけてきたのはケバブ屋のキジリだ。
「まあそんなところだよ。景気はどうだ?」
ジンギスカンソースを改良してみたら、いくらかマシになったよ。内地の連中はヒツジ肉ってだけで喜ぶからね。あんたもどうだい?」
おれは笑って首を振り、その場をあとにする。
「あんまりぼったくるなよ、商売上手」
「わかってるさ、ケチな何でも屋。帰りにまた寄れよ」
そういってキジリは屋台に戻っていく。キジリはかつてVTSの開発に関わっていたらしいが、裏づけの取れる話ではない。なにしろ生身だ。脳に外部デバイスを直結なんて、とてもじゃないが正気ではできない。もちろんおれだって正真正銘、オリジナルだ。リアルタイムであらゆる情報に接触できるのは魅力的だが、VTSの第一世代開発完了と、おれの年齢が決断を許さなかった。だからこうして足を動かして生きていく。

学園とは通称で、もともとは大分割を機に流入した外国人、それから逃げ出した日本人の親たちが残した子供たちが、どこかの教会でコミュニティを形成したのがはじまりらしい。らしい、というのは、学園はサッポロ各所に存在し、それでいて交流があるわけではないからだ。だから学園についての物語は、学園の数だけ存在する。おれが育った学園は東区の廃校を利用したもので、土地柄かは知らないが、武力派として知られている。たしかにあの訓練を思い出すとそのとおりかもしれない。日本から分断されてなお律儀に運行を続ける地下鉄に揺られながら、おれはそんなことを思う。黒いガラスに写るおれの顔は、飢えた野良犬そのものだ。でも、これでもだいぶマシにはなったのだが。不安定な電力供給のせいで、ときどき車内照明がまたたく。どこかで誰かが砂みたいに乾いたせきをする。真っ黒な顔をしたオヤジが不自然ないびきをかいて眠っている。おそらくドラッグに酔っているのだろう。おれもいつかはああなるのかもしれない。今のところその予定はないが、誰にも未来はわからない。いや、この街の未来はすでに死んでいるのだ。

開け放たれた校門をくぐると、すぐに子供たちのせいいっぱいの怒鳴り声と泣き声、それから前々世代の燃料式発電機のうなりが聞こえてくる。校舎のガラスは半分以上が砕けていて、風が入り込むのを防ぐためにビニルシートが張られている。あのころとなにも変わっていないじゃないか、まったく。おれは苦笑いを浮かべながら教官室、つまり職員室へと向かう。

「相変わらず骨の隠し場所を忘れた犬みたいな顔してるな」
「あんたも生き急ぎすぎたゴリラみたいなツラしてるよ」
そういうとゴリラはうれしそうに笑い、おれの背中をたたいてくる。痛い。確かもう60過ぎのはずだが、おれがいたころとまるで変わっちゃいない。まったく。
ゴリラことタダサキは、この学園で唯一の教官にして保護者だ。赤く禿げ上がった頭を光らせ、衰えを知らない筋肉をいからせ、おれをソファに案内する。協会本部のそれはどこから仕入れてきたのか黒光りする革張りの、そりゃあ立派なものだが、この綿が飛び出して見るも無残なソファだって捨てたもんじゃない。なにしろ寒いときには気兼ねなく燃やして暖を取れる。
「しかし久々に顔を見せてくれたな。どうだ、エージェントは」
出がらしでないまともなコーヒーをカップに注ぎながらタダサキが言う。
「まあそれなりにやってるよ。少なくとも飢えちゃいないさ。そっちは?」
「こっちも相変わらずだな。飯は足りないし、夜は震えて寝てる」
「市からの補助はどうなんだ?」
「そんなもん、なんの足しにもならんさ」
そういってタダサキはため息をつき、コーヒーに口をつける。
「今年は何人?」
「エージェント候補って意味なら2人。死んだって意味なら8人」
「8人? 多すぎないか?」
おれの代だってせいぜい3人といったところだったのに。それほどに物資が足りていないのか?
「まあモノは足りてないな。だがそれだけじゃない。おまえ、気づいているか?」
「……」
「寒さだよ。どうやら冬が息を吹き返しつつあるらしい」
なるほど。おれは合点がいく。たしかにここ数年の冬は冷え込んでいた。今のところはまだ雨ですんでいるが、教科書でしか見たことのない雪が降るようになれば、凍えて死ぬやつも出るだろう。
「なにかできることはないか?」
「そうだな、あいつら全員エージェントにしてやってくれ」
「無茶言うなよ。おれにそんな権限はない」
わかってるさ。そう言ってタダサキは笑う。ガキどもが死ぬことも、この土地では当たり前だというように。そして、それは真実なのだ。

教員室でしばし暖をとったあと、おれはタダサキに連れられてグラウンドに向かう。そこでは4人のガキどもがタクティカルコンバットの訓練を行っている。この学園で銃器の訓練を行わないのは、費用の問題もあるが、己の肉体こそが最大の武器である、というタダサキの哲学によるものだ。そのおかげでガキどもはこのくそ寒い雨の中、白い息にまみれながらひたすら前蹴りを繰り返している。校庭のすみで枯れている松みたいに細いやつもいれば、体中にウレタンを巻きつけたみたいな体型のやつもいる。
「見込みのありそうなやつは?」
ガキどもに聞こえないよう、おれは小声で尋ねる。
「そうだな、ほら、あのリンゴ。あいつはいい筋してる」
「リンゴ?」
タダサキが指差した先には、ほおを真っ赤に染めた女の子がいる。なるほど、それでリンゴか。納得したおれはしばらくリンゴの動きを眺める。たしかになかなかいい動きをしている。動作に迷いがない。もう少し筋力をつけて、あと2歳くらい歳をとって体が大きくなれば、じゅうぶんエージェント候補になれるだろう。そういえば、おれが学園を去る直前に、あんな感じの女の子がいた気がする。まさか同一人物ではあるまい。しかし気になっておれはタダサキに尋ねる。
「ああ、あれはわしの娘だ」
「マジかよ。あんた娘なんていたのかよ!」
思わず声を荒げてしまって、ガキどもが驚いたようにこちらを見る。悪いことをした。なるべく穏やかな笑みを浮かべて、おれはガキどもに続きをうながす。まあ元が悪いからあまり意味はなかっただろうが、それでもガキたちは訓練に戻っていく。
「そう驚くな。それに血がつながっていたわけでもない」
「難民か?」
「まあな」
「今はどこに?」
「死んだよ。餓死だった」
「……そうか」
ここではあまりにたやすく命が失われる。そういう場所なのだ。だからおれは何も言わない。タダサキにかける言葉を知らない。未来なんてとっくに凍り付いて砕けてしまったのだから。

訓練を終え夕食をむさぼるガキを横目に、おれたちはパンをかじる。なるほど、あのころもタダサキはパンばかり食べていた。あれは単にパンが好きというわけではなかったのか。目の前の禿げオヤジについて知らなかったことをいまさら知って、おれは焦りにも似た感情を覚える。
「ところで今日はなんの用だ? まさか表敬訪問というわけではなかろう」
ちまちまとパンをちぎっていたタダサキがそう言って、おれは目的を思い出す。
「そうだ。大事なことを忘れていた。今日の依頼は宅配なんだ。ババアから届け物があるんだ」
さきほどの焦燥をひとまず横に押しやり、おれはババアから受け取った箱を取り出す。
「おいおまえら、ちょっとこっち来いよ!」
腹を満たすのに大忙しのガキどもは、警戒心たっぷりにおれをみやる。そうそう、それでいい。にこやかに手招きをして、おれはガキたちを呼び寄せる。臆病な野良猫みたいに、ガキたちはお互いを見つめ、やがて決心したように席を立つ。最初にやってきたのはリンゴだ。じとっとした目で、おれと机の上の箱を見つめている。
「なあ、今日はなんの日だかわかるか?」
おれはリンゴに問いかける。しばしの沈黙ののち、リンゴは首を左右に振る。そう、それでいい。いや、よくはないのか。まあいい。
ガキたちがおれを取り囲むように立ったのを見計らって、おれは箱をゆっくりと開ける。そしてそれは姿を現す。
「……うわあ」
ガキたちが思わず歓声をあげる。それはケーキだ。スポンジから生クリーム、申し訳程度に乗っているイチゴまで、ババアがあちこちに掛け合って手に入れてこしらえた、ホールケーキ。
「知ってるか? 今日は12月24日。クリスマスイブってやつだ」
訓練中のそれとは違う輝きの眼で、ガキどもはケーキに見入っている。リンゴにいたってはその甘い香りを繰り返し吸い込んでうっとりしている。きっとおれの話だってろくに聞いちゃいないんだろう。まあいいさ。今はそれでいい。今だからそれでいい。おれはこれから自分が口にするせりふを思い、噴出しそうになる。なにしろ、一年で一回のとっておきだ。おれは感謝する。この学園に。タダサキに。無邪気なガキどもに。おれを育ててくれたババアに。万感の思いとともに、おれはとっておきのフレーズを口にする。
「メリー・クリスマス!」
タダサキがこらえきれないというように笑い出す。興奮したガキたちはそれぞれにはしゃぎだす。外は相変わらず雨だ。だからどうした。この土地に未来はない。だから今、今だけは。このかりそめのハッピーをこいつらに。今を積み重ねて、生き残るために。