豆腐

まだ夏じゃない

母より

母は重度の機械オンチである。CDプレイヤーや電子レンジなんかはなんとか使えるが、地デジ化に伴いテレビを購入した際などは、リモコンのボタンの多さに恐れおののいていた。そんな母も数年前からはようやく携帯電話を持つようになり、住所の登録等は未だにショップの店員さんにやってもらったりしているようだが、それでもなんとかメールが使えるくらいにはなったわけで、人間がんばればなんとかなるもんだなあ、と感心したりしている。

ただそんな母であるから、たまにメールが飛んできても、誤字脱字が多かったり、文法が無茶苦茶だったりするわけで、それでもこれまではなんとか注意深く意図を汲み取り、対応することができていたのだけれど、さっき届いたのは過去最強に意味がわからん怪文書であった。

 

かたずけは大体出来たかい。びっくりするかもしれないけど、会社借金ならならない増えないうちにしめるんだって。会社の従業員に知らせる1日前に聞いた。びっくりしたしょ時代が変わっていつかはこうなると思っていたさ

 

 

 全文引用したが、もう本当に何言ってんだかまるでわからない。最初の部分はまだいい。引っ越しのことは母に伝えてあったからそのことだろう。問題はそのあと全部だ。「会社借金ならならない増えないうちに」ってなんだ。突然変拍子のフロウを刻むのはやめてほしい。ていうか会社ってなんだ。どこの会社だ。社名を書け、社名を。まあとにかくどこかの会社が借金でなんとかかんとかというのは汲み取れないこともない。でもそのあとはなんだ。「会社の従業員に知らせる1日前」っていつだ。従業員はどうしたんだ。ていうか伝えたのはどこの誰なんだ。おれの知ってる奴なのか。それともおれの知らんうちに母はパートか何かに出ていて、そこが潰れるという話なのか? と戸惑っていると「びっくりしたしょ時代が変わっていつかはこうなると思っていたさ」ときた。びっくりっていうか困惑しまくりだ、こっちは。なのに母は達観したように時代は変わる、わかっていたさとブルーハーブのようなことを言う。いつから母は北の大地から日本を席巻するラッパーになったのか。

 

さすがに解読のしようがなくて困っていたら、母から電話がきた。最初からそうしてくれればこんなに狼狽せずにすんだのに。そう思いつつ母の話(メール同様、それはいつもとっ散らかっている)を聞くと、おれの母方の祖父がはじめた建築会社が、景気悪いしこれ以上借金増やすのもアレだし仕事も厳しいから、二年ほどかけて会社をたたむことにした、という内容の話で、会社の社長がその話を従業員にむけて伝える1日前に聞いた、そういう話であった。なるほど、そういうことなら、さっきのメールもそういうふうに読める、わけがない。慌てていたのか素なのか非常に判断しにくいが、母はもう少し落ち着いてメールや話をするべきだ。

 

件の会社は、幾度かの社主交代を経て、今は母の姉だか妹の息子が経営をしているはずだ。確かにあの地方ではたいして仕事もないだろうし、早めに見切りをつけたのは仕方がないというか、英断といえばそうかもしれない。昔はおれの父も働いていたし(クソみたいな上司にボロボロにされてしまったが。あいつ死なねえかなマジで)、地元ではそれなりに長く続いていて、それなりに名を馳せた会社ではあったのだけれど。幸いなことに、従業員の再就職先はぼちぼち見つかっているようだが、正直やはり少しさびしいな、と思う。じいちゃんはずいぶんおれをかわいがってくれてたしな。でも、これも、時代の流れなのかね。などと、母と同じことを思うおれである。