豆腐

まだ夏じゃない

Santa Claus その血の宿命

みなさんもご存知の通り、元来トナカイという獣はたいへん凶暴であり奴らの毒牙というか角によって無残に引き裂かれ息絶える人間の数は一向に減っておらぬわけでして、そんなトナカイに殺された大人の子どもは件のトナカイに仇なさんと決死の覚悟で挑むわけですが、しかし悲しいかなそこは子どもであるがゆえ斧などの武器など使えるはずもなく、ならばとその首に飛びついて絞め殺さんとしても強靭な膂力によって跳ね飛ばされるのがオチで、トナカイもあれでなかなか賢い生き物であるから生物としての種は違えどもしょせんは子どもと反撃らしい反撃をするでもなく、降りかかる火の粉を払うがごとく軽くその子どもをあしらうのみで実の親を殺された子どもはただただ悔し涙に溺れるわけですが、そのような悲しみの底で冷たい土の下にいる親に心の声で語りかけては返事がないという更なる絶望の底でいつか悟るわけです、あのトナカイに仇なさねば我もまた死んだも同然とね、そして親が残した形見の中でひときわ禍々しいそれ、つまり両親の血に染まった防寒具を見に纏ってその子は復讐の鬼と化し、誰に教わるわけでもなく厳しい鍛錬に励んではトナカイに挑み再び破れ、そしてまた鍛錬を重ねて……そうしてその身と心に強靭な芯と刃を宿していくわけでして、トナカイも数年のうちは最初と同じように子をあしらうだけだったのが徐々に強くなっていくその子に獣としてのランクを示すため、徐々に手加減することなく本気で相手をするようになって、そんな戦いが数十年に渡って続けば自ずとお互いに傷を負い血を流すことになって親の血で汚れた防寒具は次第に互いの血で真紅に染まっていくわけで、先程申し上げたようにトナカイは賢いからかつての子が今や自分と対等に戦える力を備えているという事実に敬意を払うようになり、またかつての子も同様に種別の壁を超えてトナカイに最上級の賛辞を送るのだけれどしかし戦いは激しさを増していき、やがていつものように対峙した瞬間、お互いにこれが最後だと悟る戦いが訪れ、肉は裂けて骨は砕けそれまでで最も凄惨な争いが三日三晩行われるわけで、互いが互いの限界を知ったとき、文字通り血で血を洗う戦いとも争いとも言えぬ、もはやそれは命の奪い合いどころか互いの存在自体を否定するための哲学的な領域へ突入し、ついに雌雄を決するべく見るも恐ろしい接触にもつれ込み、そのさなかに気づくわけです、こいつは明確な敵ではあるが、しかし互いの血を飲みあった世界で唯一の盟友であることに、しかし決着のときはいずれ必ず訪れるわけで、その太い首に組み付いてトナカイを横倒しにしたかつての子は、息も絶え絶えのトナカイにとどめを刺さんと首をきつく締め上げ、トナカイもまた遠のいていく意識の中、かつての子が今や自分を殺すまでに成長したという事実に獣としての誇りを汚されたと思うと同時によくぞここまでと生命そのものが発する賞賛を送り、気が遠くなるような時間の果てに結願せんとしている子の望みを与えんと全身の力を抜きその瞬間を思う、と同時に子は首を締め上げる腕をほどき、トナカイの太く固い角を力任せにへし折って、満足げにその場に倒れ込んで天に向って折ったばかりの角をかざし、獣とも人間とも区別のつかぬ雄叫びをあげ、子はトナカイを、そしてトナカイもまた子を戦士であると認めあい、互いの体温を感じながら傷ついた体を休めるため長い眠りにつき、そして目が覚めたときには憎しみはすべて消え去り、完全に赤く染まった防寒具と角、そして相手へのこころからのリスペクトだけが残る、このようにしてサンタクロースは人からサンタクロースになりあの凶暴で気高い獣であるトナカイと終生をともにし、自分のような子のために、親の命日であるクリスマスにはトナカイが引くソリに乗ってプレゼントを配るのである、というサンタクロース譚が語られることは今日ではほとんど語られることがなくなったがこれがサンタクロースとトナカイという存在であるわけで、また戦いの日々の中で子をなしたサンタクロースは自分の死期を悟ると終生の友であるトナカイにあえて命を差し出し、サンタの子は親と同じように復讐からはじまる過酷な人生を繰り返すように仕組まねばならない掟があり、これがサンタクロースとトナカイをつなぐ悲しい物語、いや生き様の真実であるという嘘を思いついたので、昨今はただの祭と化しているクリスマスの影にはこのような話があるということを、皆様にはぜひ語り継いで頂きたく本日は筆を取った次第である。テーマは人間賛歌。サンタだけに。サンタだけにな。